「コーヒーはあんまり。湯、沸いてます?」
「あ、はい。今入れたところですから」
 香月は元気よく答えた。
「佐々木さんがここで自分でお茶入れてるの知って、僕も自分の好きなのにしようと思ったんです。コップ洗うのが面倒ですけど、その方が美味しいから」
「コップなんてさっとゆすげばいいじゃないか」
 佐々木は男らしく笑いながら続ける。
「それに、節約になるしな。体にもいい、と思う。保存料ゼロ」
「前に来たときは湯が沸いてなくて面倒だったからやめたんですけど、沸かしてくれてるとなると、違いますよね」
「だろ? 香月がやってくれるっていうから、悪いけどやってもらってるんだ。香月は何も飲まないもんな」
「え、ええ。私、麦茶派ですから」
「健康ですね」
 永井は若いのに、老人のようなゆっくりとした動作で紅茶を出し、その場で一口飲んだ。
「なんか、いい香りがしますね」
「これは、……バラ? ブラックローズ……。バラの品種のことかな」
 永井は、パッケージを確認した後、すぐに携帯を取り出していくつかボタンを押しながら答えた。
「あ、そうそう。ハワイのお土産です。総務課の野沢さん達の土産でもらったんです。そういえば。……品種改良した黒いバラの紅茶みたいですね」
「へーー」
 2人は、すぐに携帯電話で調べをつける、その素早さに感動した。
「そういえば、そのストラップは新井さんのなんかプレゼントじゃなかったっけ?」
「そうですよ」
 彼は、ただ普通の表情を崩さない。総務課の野沢も、新井もどちらも若い独身女性であり、永井の女性関係の幅の広さが伺えた瞬間であった。