「ありません」
 紺野はしっかりとこちらを見たが、香月は、眉間に皺を寄せた。
 巽が誰かを雇って誘拐する……。
「……」
「何か思い当たる節があるんですね?」
 表情の変化を紺野はすぐに見破った。
「えっ!? いえっ、違うことを思い出したんです」
「どんなことですか? 些細なことでもかまいません」
「このことには関係ないことです」
「それでもかまいません、それがつながることがあるんです」
 そうかもしれない。以前、巽の手下がある一人の女を監禁していた……。そう、あのアパートの若い女だ。政治家の婚約者にするとかどうとか……まさか、またそういう事件をおこしたのだろうか。
「香月さん、お願いします。何でもいいんです」
「お願いします」
 隣の男はまっすぐこちらを射抜き、女は頭を下げたが、私だって何をどう説明していいのか、いえることは何もない。だって、詳しく知らない。ただ、あのアパートに女が住んでいたということだけだ。それ以外は全て憶測と言っても過言ではない。
「いえ、ありません。そんな、私は何も知りません」
「あなたは巽と深い関係にありますよね? 以前、東都タワーでお会いした時、そのように見えました」
「……」
 そうだ……、紺野には既に見られている。
「……、だからって、私は何も……」
「香月さん、黙っていることが、人質を見殺しにするということにもなるんですよ?」
 紺野は今までの穏やかな表情からは想像もできないような、鋭い視線を向けてきた。
「み、ごろしっ……て……」
「人質はまだ学生です。安否の確認もできていません」
 頭の中で小学生を人質にとるジャージ姿の男が勝手に現れた。そんなまさか、そんなまさか……。