絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ

 声が先に聞こえて、誰に向かって言ってんだと顔を上げる。
 誰だ??
「……」
 香月はその男相手に何も答えないし、どんな顔をしているのかもここからは分からない。
 だがその男は、この社では見かけない顔だった。しかし、一目見て分かる高級スーツをピシッと着こなし、ただネクタイだけは緩めていたが、濃い顔立ちであるモデルのような整った目鼻、フランクミュラーの限定版の腕時計が只者でないことを十分示している。
 男の少し向こうには真藤副社長の息子の姿。2人でここまで来たようだ。
「あいつになんかされたか?」
 男は、香月の顔を覗き込んでから、こっちを睨んだ。
 一体、どの面下げてあいつ呼ばわりだ!!
 朝比奈は完全に無粋な表情を作り、その男を睨み返した。
「……今日、飲み行きたい」
 香月は小さく答える。そうか、それがお前の手口か!! いや、今それを嫌がってたのじゃないのか!? いや、実際はそういうふりをしてみせるのが得意で、そうやってどんどん同情を誘って……!!
「お、おお、おお。……どうしたよ? ほんとにあいつか? 殴ってやってもいいんだぞ?」
「おい、お前の社員じゃないだろ」
 後ろから真藤が男の肩に手をかけた。いや、俺はお前の社員でもない!!
「香月さん、仕事の悩みなら私が聞きましょう」
「愛は俺に言ってんだよ! な? 今日はこのまま帰るか?」
「そんなこと……、うちは5時が定時だ」
「それまで待ってて」
 香月は俯いたまま答えるが、待っててって……今度は可愛くお願いか!!