絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ

「メールにしてください」
「了解……。あ、朝比奈君、佐藤主任からメールの返事をもらってきてくれ。もう期限すぎてるから」
「あ、はい……」
 村瀬はネクタイを直しながら、そのまま立ち去ってしまった。朝比奈は村瀬人事部長とはあまり関係はないが、それでも村瀬と香月が知人だという話は知っていた。なんでも、香月の兄の同級生らしい。
「……私にお茶汲み担当しろって言うのよ? 何で私なの!?」
 香月は独り言のように、呟いたが、まあ、仕方ないだろう。そういう立場としてこの企画に参加しているだけの女性のような気がする。
「……さあ……。他の人はどうなんですかね?」
「知らない……」
 朝比奈は、立ち尽くして腕組みをしたまま一点を見つめている香月をそのままに、カップのオレンジジュースを買った。
「どうぞ」
「あ、ありがとう……」
 彼女は素直に受け取る。彼女がカフェインを嫌いなことは、一緒に仕事をはじめて最初に仕入れた情報であった。それが、今ようやく役立ったのである。
 香月は窓際のソファにゆっくりと腰掛け、カップを両手で持って溜め息をついた。朝比奈はブラックコーヒーを買い、その隣に腰掛ける。
「……私、全然仕事できてないものね……。自分でも分かってるの。今日何をしたかって言われても、たいして役に立つようなことなんかできてない。牧先生のデーターの処理とか、佐藤主任の手伝いとか……」
 朝比奈は副主任として、この悩みに真面目に答えた。
「香月さんは、牧先生の詳細をよく知っています。だから僕はそこが強いと思いますよ。先生に聞く前に香月さんに確認すればたいていのことが返ってきます」
「けど私……お茶汲みってよく言われる……」
「施工会議のですか?」