マスター(こう呼ばれることを本人は嫌がるのだが)が私に下した命令は、彼の身の回りの世話、それと、彼の息子の子守だった。

この家には彼とその息子しか住んでいないらしい。

子がいるならば母親となる人間もいるはずではないか。

あらかじめ打ち込まれていた知識によればそのはずなのだが、この家にはそのような存在はいなかった。

疑問に思いマスターに率直に尋ねたところ、


「逃げられてしまったんだ」


と、彼は笑いながら言った。

笑い事ではないのではないか。

私が更に問うと、やはり彼は笑うだけだった。

どうにも彼には何事にも笑う癖があるらしい。

人間とはつくづく不思議な生き物だと、私は思った。

それが苦笑いと呼ばれる種類の笑みであったことを、後に知った。