その、魔法使い―魔法研究者《ディーン》の名を、シルヴィアと言う。
東のアルファレシュトの塔でカビ臭い魔法書に囲まれ、『彼女』は朝から晩まで本を読んでいるらしい。
何時寝ているのか、魔法使いが問うとその者はこう答えたらしい。



「えっと、気がつくと床で寝てるんですよ」



それは、倒れたの間違いだろう。
話を聞いていたベルデウィウスは魔法使いの言葉に内心突っ込んだ。
それを感じたのか、魔法使いは苦笑いを浮かべた。どうやら同じ意見らしい。



確かに変り者だ。



面倒なことだな、と人の姿に変わった黒竜―ベルデウィウスは東の森にあるアルファレシュトの塔を地上より見上げた。
人の身で感じる太陽の日差しは熱く、『夏』という季節を感じられた。汗が流れるほどではないが、涼しくもない。
不思議な気持ちで太陽を見上げ、塔の門を叩く。数分待つが何の音沙汰差もなし。
だが、塔内部に人の『魔力(マナ)』を感じた。
(……どうやら気がついていなようだな)
もう一度、今度は強く叩く、が待てど中のものは現れない。
扉を強く押すと、勢いよく半開きとなり、
「…………」
頭を抱えたくなった。



魔法使いの塔にしては、不用心すぎる。
薄暗い内部は特に異状もない。
いや、罠《トラップ》の可能性もなくはない。



さて、



「…どうするか…」
そう呟くと、よたよたとした足音が聞こえる。何処までも危なっかしい、足音だ。
竜の耳で捉えたその人間の息遣いはどこか荒い。



「っうう…おもい…」



よたよたと、塔の螺旋階段より少女が両手いっぱいの本を抱えて降りてきた。
見ているだけでも危なっかしい足取りで、だ。

「…うっんしょ」


抱えなおしながら、よたよた歩き、
階段を完全に降り、「やった!」と声を上げ再び本を抱えなおした。
その様を見ていたベルデウィウスは少女の若葉のような新緑色の長い髪に目を引かれた。



そして、少女と視線が合う。
確か、シルヴィアという魔法研究者《ディーン》は新緑色の髪に、紫《アメジスト》の瞳。
少女はベルデウィウスを見てぽかんと口を開けた。
そんな少女にベルデウィウスは問う。



「シルヴィア・ローアセム、か?」



と。
まだあどけなさを残す少女は、人の姿のベルデウィウスの漆黒の髪の美しさに言葉を失っていた。
艶やかな髪に陽の光が反射し、まるで輝石の輝きを放っている。
逆行から見てとられたその切れ長の瞳は、髪と同じ漆黒。
この、真夏の炎天下、黒衣をまとった男の異質さにも驚きはしたが、男から感じた魔力《マナ》の大きさもさらに追い打ちをかけた。