週末の薬指

「で、美月梓がCMに出る条件を出してきたんだ。なんだと思う?」

額と額をくっつけるような近さで顔を寄せてきた夏弥は、私の背中に両腕を回すと、ぐっと引き寄せた。

軽々と持ち上げられた私の体は、気付けば夏弥の膝の上に横抱きにされていた。
一瞬驚いたけれど、慣れというのは恐ろしいもので、この甘い夏弥の行動にいちいち驚かなくなってきた。

ほんの少し口を歪めて、反抗する気持ちを見せたけれど、やっぱり夏弥は意に介せず。

何事もなかったかのように私の答えを待っていた。

「条件って言われても、CM業界の事なんてわかんないし……」

ちっとも浮かばない。CMに出る条件って、結局はギャラじゃないのかな?事務所が言う金額との折り合いがつけば出てくれるんじゃないのかな。

そんな事しか浮かばないけど。

「ギャラじゃない」

私の顔に、ギャラという言葉が出ていたのか、あっさり否定された。

「じゃ、わからない。条件って一体何?そんな大変なことだったの?」

拗ねたように問い返すと、夏弥は肩をすくめて苦笑いをした。

そして、嫌な事を思い出すように口元を歪めると。

「俺が宣伝部に異動して、CMの製作に携わること。それも密に」

低い声で吐き出した。

「……宣伝部に異動……」

「そうだ。たまたま改築の相談で美月梓の実家に出入りしていた俺を気に入った彼女が出した条件がそれ。
俺を手に入れようとあれこれ画策し始めたのもその頃」

嘘みたいな話に驚いて何も言えないでいる私をぎゅっと抱きしめて。

「ほんと、俺の意思なんて関係なく、気付けば営業から宣伝部に異動させられてたな。くそっ。今思い出しても腹が立つ」

その荒々しい言葉を聞きながら、私は力いっぱい夏弥に抱きしめられていた。