週末の薬指

「あのCMのせいで、俺の会社生活は乱されたんだ」

「え?乱されたって……。どういう……」

「モデルとして人気が出かかっていた美月梓をうちのCMに使いたいって宣伝部が動き出した時から、俺の意思とは関係なく、会社の方針に振り回され始めたんだ」

何か隠しているような、そしてそれを楽しんでいるような声で話し出した夏弥さんだけど、ゆっくりとしたスピードで思い返すように吐き出される言葉には慎重さも感じられる。

彼の表情と声音だけでは判断できない何かがあるように思えて、なんだか静かに聞かなきゃって思える。

リビングのカーペットに並んで座って、ほんの少し見上げながら話を聞こうとしていると、不意に夏弥さんの手が私の肩を引き寄せた。

抵抗しようとする間もなく、すとんと彼の胸に収まって、耳に聞こえるのは夏弥さんの鼓動。

ほんの少し速いような気がするけど……。それは、これから話してくれようとしてくれている内容によるものなのかな。

そう思い浮かんで、私の鼓動も速くなった。やっぱり、何を話してくれるにしても、梓さんに関係ある事のようだから、緊張するし不安もある。

「柏木って覚えてるだろ?店で会った気の強い女の子。……まあ、気の強さは仕事にはいい感じで出てるから彼女の長所でもあるんだけど」

「もちろん覚えてるよ。……夏弥さ……夏弥の事が好きだって、言ってたから忘れられないよ」

夏弥さんではなく、夏弥と呼び捨てにしたことに気付いたのか、にやりと笑ったあと、夏弥の腕は一層強く私の肩を抱いてくれた。私の不安定な気持ちをどうにかして欲しくて、わざと呼び捨てにした私の予想通りの行動。

私も心の中でにやりと笑った。

こうして強く抱き寄せてくれるなら、不安になる度にいっぱいその名前を呼び捨てで呼んでしまいそうだな。

「で、柏木は、美月梓の従妹なんだ。たまたま美月梓の実家が建て替えを考えていて、従妹の柏木と上司の俺が担当で打ち合わせに出かけたりしていた時期に宣伝部もCMに出てくれないかと美月梓の事務所に打診してたんだな、偶然」

「従妹?」

思いがけない言葉に思わず高い声を上げてしまった。

確かに柏木さんも綺麗な容姿をしていて、モデルとしても通用しそうだった。

気の強そうな雰囲気も美月梓に似ているかも。