週末の薬指

夏弥さんの部屋に急に泊まることになって、結局化粧道具も何も手元になくて。
浴室にあった石鹸で適当に顔を洗って化粧を落としただけ。
普段から薄化粧で助かったけど、それでもきっと肌には負担もかかってるに違いない。

今朝の私の顔、すっぴんで出歩くには恥ずかしすぎるけれど、これも仕方ない。

とりあえず、一緒に部屋を出なきゃ。

一緒にいたい気持ちを隠して笑いながら夏弥さんを見ると。

「一緒に出るのはいいんだけど……また、戻ってきてよ」

そう言って私の目の前に差し出されたのは。

「あ……これって、鍵?」

「そう、この部屋の鍵。花緒にあげるから、泊まる準備して戻ってきてよ。夜そんなに遅くはならないから、一緒に夕食食べにいこう」

「あげるって……鍵を、ですか?この部屋の?」

夏弥さんの手の平の上できらきらと輝いている鍵をじっと見ながらそう聞き返した。

私の声は震えていて、なんだかこの成り行きが信じられない。

「花緒がこの部屋にいてくれると、嬉しい。一緒に眠る幸せを夕べだけにしたくないんだ。
この先ずっと、一緒にいたいし、離したくないから、戻ってこい」

「……」

強気な声を落とされて、胸がいっぱいになる。目の前の鍵を受け取るってことは、私が夏弥さんと過ごす未来を受け入れるってこと。

この先夏弥さんが私から離れていくまでの時間を一緒に、その体温を感じながら過ごしていくって認めること。

「毎晩、花緒の赤い花に上書きしたい」

「……」

「休みがなかなか合わない分、夜は花緒を抱きしめて愛したいんだ」

「……」

「抱きしめるだけじゃなくて、抱きしめても欲しい」

「……」

「花緒の気持ちが壊れて入院するなんて事、二度とないから。安心しろ」

「え?入院って……」

甘い言葉が続く中、照れて何も言えなかった私にかけられた最後の言葉に、思わず反応してしまった。

はっと見上げて夏弥さんを見ると、少し眉を寄せて、口元を歪めている表情がそこにあった。

「花緒が入院してたのは、泣かされたっていう男のせい?違うか?」