週末の薬指

  
    *  *  *


「ビールかコーヒーしかないけど、どうする?」

「じゃあ、コーヒーをお願いします。……私、手伝いましょうか?」

「いや、いい。……あ、やっぱり手伝ってもらおうか。教えておいた方が、これからも困らないしな」

瀬尾さんは、リビングのソファの背に上着をかけて、ネクタイを解きながらキッチンへ向かった。
一人暮らしには十分すぎるほどの部屋とキッチン。大して家具も並んでいないせいか、広い部屋がさらに広く見える。

4人がけのダイニングテーブルには新聞や雑誌が無造作に置かれているくらいで、全体的に殺風景なキッチン。
食器棚に収まっている食器類も少なくて、まるで生活感がない。
住宅会社の営業マンという職業柄、住居についてはこだわりがあるのかと思っていたけれど、意外なほどに寂しい部屋に驚いた。

「コーヒーメーカーの使い方はわかるか?粉は冷蔵庫にあるから適当に使って。
カップはそこ。ミルクと砂糖はいる?」

淡々と説明をする瀬尾さんに、首を横に振ると

「俺もブラックだから、ちょうどいいな」

「じゃ、私コーヒー用意しますから、着替えてください。スーツ皺になりますよ」

「ああ、頼むよ。花緒はどうする?着替えとか、もちろんないよな」

「はい、ないですけど……。私、今晩……」

この部屋に泊まる事になるのか。と、聞いていいものかと悩んで言葉を濁してしまう。
いい大人なんだから、夜中に男の一人暮らしの部屋に入った瞬間から、一晩を一緒に過ごすことを了解したと、思われても仕方ないんだけど。
確かに覚悟はしてるんだけど。

「無理強いはしたくないけど、俺は、花緒を抱きたい」

「抱きたいって……」

そんなはっきりと答えがかえってくるとは予想外で、俯きがちだった私の視線も思わず瀬尾さんにまっすぐ向いた。
黒目がちな意思の強い瀬尾さんの瞳が、揺れる事なく私を見つめている。
体一つ分離れた距離で立つ私達だけど、お互いの体温を感じられるくらいに密な空気に包まれている気がする。

「強引に花緒の気持ちを引き寄せようとしてるのはわかってる。花緒が戸惑ってるのも、不安を消せないことも知ってる。
それでも、もう限界なんだ。俺は花緒が欲しくて欲しくてたまらない」

「瀬尾さん……」

瀬尾さんは、熱い言葉とともに私に一歩近づくと、そっと私を抱きよせた。
首筋にかかる吐息が私の体中を震えさせて、一気に鼓動が跳ねる。
かすめるような唇の動きを鎖骨に感じているうちに、足元に力が入らなくなって、思わず瀬尾さんの背中に腕を回した。
最初はこわごわと、弱弱しい力で背中をたどっていたけれど、そんな私の様子を合図に、瀬尾さんの力が強くなっって。

「花緒……いい加減、俺のものになってくれ」