週末の薬指

『つまらない嘘をついてびくびくするほど子供じゃないんです』

普段、男性と共に過ごす時間なんて滅多にないというイメージを持っていただろう私の口からそんな言葉が飛び出して、さらに瀬尾さんは目を見開いた。

付き合った人の数は多くないけれど、それなりに経験もしている。

今更何も知らないふりで、そしておばあちゃんに嘘をついてまで瀬尾さんの部屋に行くつもりはないし、
男の人の部屋で二人きりになるという事がどういう事なのかもちゃんとわかってる。
おばあちゃんがくぎを刺したように、あとで後悔しないでいられるかはわからないけど、それでも今は瀬尾さんと一緒にいたいと思う気持ちが強い。

柏木さんから聞かされた『梓さん』という女性の存在も気になって仕方がないし。
瀬尾さんが私を婚約者だと会社の人達に言った真意も知りたいし。
さっき柏木さんに言っていた言葉の中で気になったものがあるから、それを聞きたいし。

そして何より。

私が瀬尾さんの側にいたくて仕方がない。
だから、瀬尾さんの部屋に行く。

瀬尾さんにどんどん魅かれていく自分に素直になれば、こうして瀬尾さんの部屋にまであっさりとついて行く。瀬尾さんだって驚いているに違いないくらい、疑問も口にせず。

それでも、強がる気持ちは確かにあって、気持ちはやっぱり揺れている。
このまま瀬尾さんに気持ち全てを持っていかれて、瀬尾さんの側でしか呼吸できない自分になってしまったらどうなるだろう。
私の出生の事を理由に再び捨てられて、一人ぼっちにされる未来がわかっているのに、今こうして瀬尾さんの横に立ち、これから起こる事を覚悟している私って、おかしいのかな。
今ならまだ傷つかずに済むのに。
苦しむに違いない道を自分から選ぶなんて、私って愚かなのかな。

タクシーで10分くらいの場所にある高層マンションの18階。
それが瀬尾さんの自宅だった。

『何もしないって、言い切る自信はないけど』

タクシーから降りた途端、腕を掴まれて、瀬尾さんからそう言われた。

マンションのエントランスを抜ける瀬尾さんの引き締まった顔に、隠しきれていない緊張感を見つけた時、それが私にも伝わってきて、体が熱くなって。
そして、エレベーターで二人きりになった途端抱き寄せられると、瀬尾さんの唇が私の耳元を優しく這う。
私の敏感な場所を的確に攻められる度に、漏れそうになる甘い声を必死で我慢した。

腰と後頭部をぐっとおさえられて、身動きもとれない姿勢で感じる甘さは格別だと、そう感じて泣きたくなる。
そして、出会って以来ぶつけられていた瀬尾さんからの好意と気持ちをまっすぐに伝えるようなキスによって、私は瀬尾さんにつかまってしまったと、ついに認めてしまった。