週末の薬指

「え?……ここの社長が?」

「ちょ、木内さん、声がでかいです」

驚いて大きな声を出してしまった私に焦るシュンペーは、あわわと私の口を塞いだ。

「秘密ですから、秘密。この事を知ってるのは一一部の役員、もちろんうちの会社の社長はしってますけど。あ、うちの部署のトップは知ってますけどね」

囁くように話すシュンペーは、こくこくと頷く私にほっとしたのか、私の口を塞いでいた手をそっと離して苦笑した。

その顔は、今まで見た事がないほどの切ない色で満ちていて、単純にその事を喜んでいるわけではないと感じた。

社長の息子って、将来は社長を継ぐのかな?

「僕の父は、うちの会社の社長と学生時代からの友人って事もあって、僕が小さな頃から面識もあってというか、すごく僕を可愛がってくれたんです。で、今こうして縁故入社して働いてるわけです」

「……そうなんだ。すごいね、Aホテルの社長の御曹司」

思わず感嘆の声が出てしまう。世界屈指の高級ホテルの社長の息子なんて、かなりのお坊ちゃまに違いない。

今まで何も知らなかったけれど、すごい生まれなんだなあ。

そんなため息にも似た羨望の声に、シュンペーは苦しげな顔をして口元を歪めた。

「すごいのは、父親や祖父です。僕はこのホテルに関しては何もタッチしてないんで、僕自身は単なるサラリーマンにすぎません。だから、花緒さん、これから態度変えないでくださいよ」

「あー。鋭意努力するけど、しばらくはシュンペーの頭の上にAホテルのロゴが輝いて見えるかもしれない。
『シュンペー坊ちゃま』なんて言ったらごめんね」