週末の薬指

「わざわざ来ていただいて、すみません」

時間通りにお店に着くと、既に瀬尾さんは来ていた。

キッチンのリフォームはしないと、断りの電話を入れた時、とりあえず会って話がしたいと、瀬尾さんに言われた。
特に会う理由もないけれど、私の中の『もう一度だけ会いたい』という気持ちに響いて、その申し出を受けてしまった。

会社帰りに待ち合わせをしたお店は、和食がおいしいと評判のお店だ。
私の会社から二駅先にあるお店は、予約するのもなかなか難しいと評判の人気店。

「お仕事は、大丈夫ですか?」

私を気遣うような瀬尾さんは、椅子から立ち上がって、向かいの椅子を引いてくれた。

「ありがとうございます」

少し気後れしながら、私はその席に座った。
そして、瀬尾さんは自分の席に戻るとにっこりと笑って。

「今日は、わざわざありがとうございます。一度、ゆっくり花緒さんとお話したかったんです」

営業という仕事柄、そんな言葉も言いな慣れているのかな。
瀬尾さんからは、照れも気まずさも感じない。
私の事を客だと思えば、よどみなく何でも言えるのかも。

「何でもおいしいんですけど、苦手なものはありますか?」

「特には……。あ、生ものは、できれば避けたいかな……」

「生ものって、お刺身とか、ですか?」

「はい。小さい頃、夕食後に湿疹が体中に出て真っ赤になったらしいんです。何かのアレルギー反応らしいんですけど。ちょうどその日お刺身を食べていて、それが原因かはわからないんですけど……。
それ以来、おばあちゃんは私にお刺身を食べさせなくなってしまったんです。
今では食べても平気なんですけど、一応気を付けて、外ではなるべく食べないようにしてるんです」