週末の薬指

お料理が大好きで、調理師の免許も持っているからといって、それだけでお料理教室をして生きていけるのか。
不安ばかりが浮かんでくる。
今働いている会社にいれば、定年までお給料が貰えると思う。
そんな未来を捨てて、いいのかな。

やっぱり、踏み切れない。

小さく息を吐いて、大切に握りしめている名刺を見つめた。

『瀬尾夏弥』

その文字が、すごく特別なものに見える。心なしか輝いているような。

「なつやさん……っていうんだな」

私を見つめてくれたあの瞳、誰にでも見せているのかな。
きっと、そうだろうな……。

「やっぱり、リフォームなんて、無理だよね」

名刺に向かって、そう囁いて。明日、断りの電話を入れようと決めた。

「もう一度くらい、会いたかったな……」

ふと漏らした言葉に、苦笑しながら、慣れている寂しさを心の隅に押しやった。