週末の薬指

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おばあちゃんが、その後何も聞いてこない事をいいことに、キッチンのリフォームについては口に出さずにいた。
何度考えても、勇気が出ないというのが一番大きな理由。
今働いている会社に不安があるわけでもなく、満足もしている。

小さな頃からおばあちゃんに何度も言われていた
『女一人でも生きていけるように、何か資格をとりなさい』
その言葉に従うように一生懸命勉強に励み、高校、大学とそれなりにレベルの高い学校に通った。

そして、薬剤師の資格を得た私は、薬品会社の研究部門で働いている。
就職をして、初任給をおばあちゃんに全額渡した時、初めておばあちゃんの涙を見た。

『これで、一人でも生きていけるね』

肩の荷が下りたようにほっとした表情で、泣き顔を隠すことなく呟いたおばあちゃん。
料理も厳しく仕込まれて、地に足をつけて生活できるようにあらゆることを教えてくれた。
もともと会社を経営していたおじいちゃんが遺してくれた財産はかなりのもので、それだけでも私の将来に不安はないと言いながら、それでも躾や一般常識、強く生きていくためのあらゆること。

絶えず私の為に考えてくれていた。

この先、おばあちゃんがいなくなっても、しっかりと私が生きていけるように。そう考えて。

私には、両親がいないから、これからの人生、一人きりで生きていくことになると思う。
寂しいという感情なんて、とっくになくなって、その現実を受け止める事のみに感情を使い果たしているような気がする。

私の母は、私を産んですぐに亡くなったらしい。
もともと体の弱い人だったから、命を落とす事への覚悟を決めての出産だったと聞く。

そして、父。

母に私を授けてくれたはずの父は、私の戸籍に名前が載せられていない。

母は、お腹の赤ちゃんの父親が誰なのかを、一切口にしなかった。

『結婚はできなかったけれど、愛し合ってたのよ』

その一言だけをおばあちゃんに告げて、『出産を許してくれなかったら、家を出ます』と言って。

周囲の反対を押し切っての出産、そして、難産の後で命を落とした。

だから、私には母に抱かれた記憶がない。

母は死の間際に、うわごとで、父である人の名前を呟いたらしい。おばあちゃんは、その名前を聞いて、心あたりがあったと言っていた。
私が成人式を終えた夜に、そう教えてくれた。
あわせて、父であるその人は既に亡くなっていて、会う事は出来ないとも教えてくれた。

だからといって、私の人生が明るくなるわけでもなく、一人で生きて行く覚悟には何の影響もなかった。

そんな私の未来。