「……その花について、他に何か知っていることはないか?」

「そうね……、色は白だと言っていたわ。それと、その花は夜にしか咲かなくて、朝になれば枯れてしまうの」

儚いわね、と言って、何か思い出したかのように、あ、と声を漏らす。

「おじいさんも本当かどうかわからないって言っていたんだけれど、寒ければ、朝になっても咲いている場合があるらしいわ」

青年は目を見開ける。思わず、少女の肩をつかんだ。

「……どうしたの?」

少し驚いたかのように、瞬きをする。

「俺、たぶんその花を見たと思う」

彼女は目を見開ける。

「さっき話した花壇のところで、一ヶ月前に白い花を見たんだ。地下でも見たことのない花だった」

その言葉が本当だと受け入れられないのか、奇跡が起こったことに頭がついていけないのか、少女は固まったままである。
彼は立ち上がり、そんな彼女に手を差し伸べた。

「行こう、旧市街へ」

「今から?」

「ああ。夜にしか咲かないんだろう? 一週間前にその花壇を見たときは、蕾らしきものは垂れ下がっていたけど……、もしかしたら、咲いているかもしれない」

「……そうね。行きましょう」

青年の手を取り、少女も立ち上がる。そして二人は、廃墟ビルを後にした。
音ひとつない街中を、丸い月が照らしている。
初めて見たその景色に、思わず彼は立ち止まる。それを見て、彼女も月を眺めた。

「小望月ね」

「こもちづき?」

「満月になる前日の月の名前よ」

「へえ、そんな名前もあるんだな。俺には違いがわからないけど」

「ほとんどの人が違いなんてわからないものよ」

そうなのか、と青年は呟く。

「本物の月は、こんなにも綺麗なんだな」

月に魅入る彼の横顔を、少女はじっと見つめる。