「そういえば……」

ふと彼は一ヵ月ほど前のことを思い出す。

「あの花、どうなったんだろう」

しばらく歩き進め、角を右に曲がり、そしてまたしばらく歩き進める。

するとかつては家だったであろう、他と比べて小さい廃墟があった。
そこにはレンガ造りの花壇があり、歪んではいるが、支柱がいくつか刺さっている。そしてそこには蔓(つる)が巻き付いていた。

蔓には葉と、白と緑の混ざった十センチほどの長い蕾らしきもが、ひとつだけある。けれどその蕾は、垂れ下がっていた。

「咲いてない、か……」

この崩れ落ちた建物ばかりの中、花壇が姿を保ったまま、そしてそこに植物が生えているまま残っているだけでも奇跡だ。

そして一ヵ月前には、三輪だけだったが、花が咲いていた。白く大きい、美しい花である。

しかしその日の昼過ぎ、再びその花を目にした時、すでにその美しい花は枯れていた。

地上で花を見たのはあれが初めてだったな……。しかも、あの花は地下にないものだった。
甘い香りを漂わすあの花を、もう一度、見てみたい。

「……枯れないでくれよ」

蔓に向かってぽつりと呟いた、その刹那。何十発もの銃声が鳴り響く。
青年の目の色がすぐに変わる。拳銃を持ち直し、辺りに意識を集中させた。

「三百メートル先だな」

銃声を聴くだけで、距離がわかるようになってしまった。それほど、彼は戦場に慣れたのだ。

音を立てないように、素早く足を走らせる。