〝――どうして〟

それはどこか、悲しそうな声。

〝どうして、私に選択肢を与えてくれるの? 私が、壊したのに〟

「……私たちは、君が苦しんでいることに気付いてた。そして私たちは、君の心に重く圧し掛かっていた言葉を、知った」

( この世界は、どうか歪んでしまわないように )

八十九年前、彼らは言った。

( こちらと同じになってしまわないように、人々が永遠に幸せであるように、そして、自然も壊されてしまわないように )

うまれたばかりの彼女に、何度も言った。

( 君が、自分(世界)を守るんだ )

その言葉が、その願いが、少女にとって非望となることに、彼らが気付くことはなかった。

「――君がその言葉を守ろうと必死だったことも、〝世界〟から解放されたいと願っていることも、私たちは知っている」

そしてその願いが、一人の青年によって救われたことも。

「だから私たちは、君の〝中身(ココロ)〟を移し変えることを、スピラと同調する方法を、研究したんだ」

〝………〟

「君はあの時確かに、世界が新しく生まれ変わり、また〝彼〟と出会いたいと思ったね」

穏やかな口調で、その男は言う。

〝……ええ〟

「だから、私たちは君に訊くんだ。もう一度、世界と見つめ合うかを」

そして、〝彼〟と出会うことを本当に望むのかを。

「もしも君が受け入れるのならば、世界の〝中身〟は以前と同じように、歪む前の平和な姿にしてほしい。そして私たちは新しい君の世界に、以前と同じ〝器(コピー)〟の人間を、送ろう」

けれど、と男は続ける。

「人間というのは関わる者たちや、過ごしていく環境によって、その時その時に、考えや心が変わる。新しい世界で起こることは、私たちも想定できない」

前回と同じように、世界が歪んでしまう危機に陥ってしまうのか、平和のまま世界が廻るのかは、わからない。

「――〝彼〟がその世界に存在するかどうかも、わからない。それでも君は、〝核〟として世界を受け止めるかい?」

〝……私は〟

( 信じよう。出会えることを )

あの人は、私にそう言ってくれた。そして私も、信じると決めた。

〝――あの美しい世界の姿を、〝彼〟が愛した紫紺の空を、また見たい〟

幾度(いくたび)もの時が過ぎ去ろうと、私は待ち続ける。あの人が、私の世界に誕生することを。

その言葉に、白髪(はくはつ)の彼は目尻に皺を寄せて微笑んだ。

「それじゃあ、今から君のココロを、新しい〝核(コア)〟と結合させるよ」

様々な機具に囲まれたガラスケースの中で眠る、少女の姿。彼女の胸元には、管(くだ)が繋がっている。
機器を操作している中年の男性は鍵盤を慣れたように打ち続け、顔をあげた。指導者である彼はそれを見て、静かに頷く。

「同調が完成するまで、安らかにお眠り」

そして男は、レバーを引いた。
巨大な画面に流れる橙の波形は緑色へと戻る。そして、しばらくしてそれは一本の線となった。
それを確認し、白髪の男は息を吐く。おもむろに、ガラスケースのもとへ寄った。

「……〝彼〟が生まれるのは、おそらく六十年後ぐらいでしょう」

集まった研究者たちの中、一人の若者が資料を手にして言う。

「もし〝彼〟が奇跡的に、今回も〝異常者〟であり、そして彼女と出逢った時、前の世界でのことを思い出してしまう危険性があります」

不安げな若者の声に、眼鏡の奥にある小さな瞳が、ガラスケースの中で眠る少女を映す。
そして静かに、その男は口を開けた。

「仮に、以前のことを思い出してしまおうと、〝彼〟ならきっと、大丈夫さ」

〝彼〟が彼女と出逢ったとしても、何も思い出さない可能性の方が、断然と高い。

「しかし……」

それでも、彼女は〝彼〟に出会いたいと希(こいねが)うだろう。

「K1025に――彼女に、幸せを。それは全員で決めたことだ」

そして願わくは、いつか二人が巡り逢わんことを。