「落ち着いて」

そっと彼の手を握る。何があったの、と彼女は静かに訊いた。

「あの場所が……月下美人が植えられているあの花壇が、火炎放射器で燃やされた」

「――……」

少女は目を見開ける。考える前に、咄嗟に足が動いた。

( いつか、見に来ておくれ )

脳裏に過ぎる、〝彼〟の姿。息を切らし、彼女は廃れた街中を走る。空が茜色に染まり始めたためか、殺し合う叫声は治まっていた。

( 僕はいつまでも、この花壇を残しておくから )

地下通路に入ると、足音と息切れている音が耳朶に響く。

きっと〝彼〟は、戦争が勃発しても花壇を守り続けたのだろう。いつか我が子のように愛した少女に、見てもらうために。

愛しい〝彼女〟に、いつまでも捧げるために。だから、今となっても残っていた。

角を右に曲がり、少女は足を止める。昨日まで甘い香りに包まれていたその場所には、焦げ臭さが漂っていた。

「……俺があの場所を気に掛けていたことに敵が気付いて、彼らは勘違いしたんだ。あそこに、あの植物に、何かあると」

肩で息をしながら、彼女は振り向く。辛そうな顔を、彼はしていた。

自分たちをいとも簡単に殺してしまうものを創ろうとしている。彼ら(敵)はそう思い込んだのだ。