晴れ渡った空に一つだけ浮かぶ小さな雲は手を伸ばせば掴めそうだ。わたあめのようなその姿はこの場所からもはっきりと見えていて、ゆっくりと太陽に近づいている。空を泳ぐ雀が雲に潜ってしまうのではと思う。本当に潜ったならば、どれくらい気持ちいいだろうか。計り知れない世界である。
僕とその臆病な友人は公園にいた。彼は弟を連れている。学校のプール程度の大きさの公園は数々の木に囲まれ、象のすべりだい、キリンのぶらんこの遊具のみがあり、車道に隣接しているにも関わらず何故だか静かに感じる空間である。僕と友人、その弟の他に自然を愛する動物たちが公園を訪れていて、時間を共有している。
弟は公園の中央でボールを追いかけ、僕たちは隅でそれを眺めているだけ。僕一人がぶらんこに揺られ、友人は近くのベンチに腰かけていた。「若者は元気だな」と還暦を過ぎた高齢者のようなことを呟きながら。
蹴り上げられたボールが宙を舞った。落ちたボールはぽんと跳ね、茂みの近くへ転がり込む。
その時、影のように黒い猫が茂みの中から飛び出して来た。うとうとしながら過ごす昼の一時を弟のボールが邪魔をしたらしい。黒猫は急いで逃げるが、それが凶と出る。好奇心の塊である弟は黒猫を目にした途端、茂みに潜ったボールの存在さえ忘れて黒猫を追い始めたのである。まるで猫のように瞳を光らせて。
黒猫は逃げる。弟は追いかける。涼しい顔をしている黒猫と、夏の太陽より眩しい笑顔の弟。公園の中を円を描くようにして騒がしく走る。行く先にいたダンゴムシは地を踏む音に驚いて丸くなる。弟は自分が小石を蹴り飛ばしたことにも気付かずに駆け回る。
友人は先程購入したカップアイスをスプーンで口に運びながら呟いた。
「面白いね」
何がと問うと友人はくす、と笑う。
「ご覧よ、名も知らないあの猫はあんなに涼しい顔をしているのに、内心では弟に怯えている。臆病だ。僕と同じ、臆病者だよ」
楽しそうな笑みの中に自虐心は含まれていないように感じた。それは、仲間を見つけた喜びだろうか。ただ鬼ごっこを続ける弟と黒猫を楽しげに眺めている。我が子を見守る父親のように。
「楽しそうだ」
夏の暑い日差しを受けて、カップアイスは早くも溶け出していた。
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