栞さんが出ると、
「こんにちはー!」
 と、底抜けに明るい声が聞こえてきた。
「きゃー! 栞ちゃん、元気!?」
「元気です!」
「じゃ、また料理教室開催してくれないかしら? 前回のあれ、結構評判良かったの」
「本当ですか? じゃ、また何かやりましょう! でも、美波さん、もう卵を爆発させないでくださいね」
 ……卵が爆発って、何?
 目が合った蒼兄とフリーズしてしまう。
「いやぁねぇっ! あれはたまたまよ、たまたまっ! そういうこと秋斗くんに吹き込まないでよー?」
「はいはい。じゃ、これ私の車のキー。あっ、蒼くん! 蒼くんの車のキーも貸してらえる?」
 蒼兄は首を傾げながら客間を出ていった。
「これですけど……」
「こんにちは。私、コンシェルジュ崎本の妻、美波です。困ったことがあったらいつでも声をかけてね」
「御園生蒼樹です。今日からゲストルームでお世話になります。勝手がわからないので、ご迷惑おかけしたらすみません」
「えぇ、聞いてるわ。妹さんの翠葉ちゃんがとてもかわいいって夫から情報は得ているの」
 崎本さんとはどのコンシェルジュだろうか……。
 何度となくこのマンションには来たことがあるけれど、自己紹介などはしたことがないし、挨拶も会釈程度なので、誰が誰だかさっぱりだ。
 ゲストルームにお世話になるようになったらコンシェルジュの人や、マンションの人の名前や顔を覚えなくてはいけないのだろうか……。
 そう考えるだけでも少し不安になる。
「下につけたら折り返し電話するわ。ところで、蒼樹くん。君の車は縦長かしら?」
「え? 一応、ステーションワゴンのタイプになるとは思いますが……」
「じゃ、そっちは夫に任せよう。私、長い車とは相性悪いのよ。じゃ、車出しておくわね」
 と、その元気な声は聞こえなくなった。