家に帰ればいつもと同じように栞さんが玄関まで出迎えてくれる。
 今日の夕飯は栞さんのお手製ピザ。
 生地からトマトソースまで全部栞さんの手作り。
 家の中はすでにピザのいい香りがしていた。
「あと十分もしないで焼けるから、手洗いうがい済ませちゃいなさい」
「じゃぁこれ、お願いしてもいいですか?」
 アンダンテの箱を渡すと、
「あら、どうしたの? ケンカでもした?」
 蒼兄がアンダンテのケーキを買ってくるときは、たいてい私の機嫌が悪いからだろう。
「……そういうわけでもないんですけど、あとで話しますね」
 と、一度自室へと引き上げた。
 制服を着替え、手洗いうがいを済ませる。と、部屋に置いてある植物に視線をめぐらす。
 ベンジャミンもアンスリウムもアイビーも、みんな元気。
 少しだけ霧吹きを吹きかけ葉っぱを拭いてあげる。それらが終わるとリビングに戻った。
 蒼兄は早くもダイニングテーブルに着いていて、栞さんが飲み物を運んできたところだった。
「なぁに? 何があったの? 蒼くん、口割らないんだけど」
「んー……蒼兄曰く、立ち入りすぎてごめんなさいケーキ、でしょうかね?」
「あら、蒼くんたら、翠葉ちゃんかわいさに何かしでかしちゃったのね?」
「そんなつもりはなかったんですけど、箱を開けてみたらそんな感じで……」
 苦笑しながら答える蒼兄がおかしかった。
 ピザが焼けて、ダイニングテーブルに大きなお皿が二枚とサラダやフルーツが並ぶ。
 週の半分以上は和食がメインなので、とても新鮮な食卓に感じた。
 クリスピー生地のパリパリとした食感が癖になる。
「栞さん、お試しで恋愛ってしたことありますか?」
 ふと、訊きたくなり口にする。
「お試しで恋愛? お見合いみたいなもの? 互いが全く知らないで顔を合わせて試しに何度か会ってフィーリングを確かめるっていう方法のこと?」
 それとは何か違う気がする。
「いえ、お見合いではなくて……。お互いのことは知っていて、なおかつお試し……かなぁ?」
「あら、翠葉ちゃん誰かに告白でもされたのね?」
 その言葉に、図星です、という顔になってしまう。
「図星……?」
「……栞さんも知っている人なんです」
「……翠葉ちゃんの知り合いで私の知っている人って言ったら――そんなこと言いそうなのは秋斗くんくらいしかいないわね。当たり?」
「……正解です。でも、テスト前で考える余裕ないのに、放課後には会うことになってしまうので、ちょっといっぱいいっぱい」
 苦笑で答えると、
「あぁ、そっか。そこまでは考えてなかった」
 と、蒼兄が零す。
「蒼くんを待つ時間、秋斗くんのところだものね?」
 栞さんは少し考えてから、
「うちに来る?」
 と、小首を傾げた。
「……え?」
「テスト前とテスト期間。うちに泊ってもいいわよ? もしくは夕飯をうちで食べて蒼くんと幸倉に帰ってくるか……。泊ってもらったほうが私は楽だけど」
 思わず蒼兄に視線を向けると、
「好きにしていいよ」
 と、言われた。
「本当にいいんですか?」
「いいわよ? 幸い、部屋は余っているの。蒼くんも泊れるわよ?」
 栞さんが蒼兄を見ると、
「いや、自分は夕飯だけお邪魔させていただいて帰ります。家のパソコンじゃないとできない作業もあるので」
「じゃ、決まり! 明日から翠葉ちゃんはうちにお泊りね。そうと決まったら碧さんたちにも連絡入れなくちゃ」
 と、すぐに電話をかけに行く。
「翠葉、電車通学とまでは行かないけど、登下校がひとりだな」
「……本当だ。中学以来初めて……」
 登下校がひとりと言っても、本当に目と鼻の先なのだ。
 それでも嬉しいと思う。
 夕飯が食べ終わるとお泊りの支度をした。
 支度といっても、制服と栞さんの家で着る洋服を何着か。それから勉強道具一式。
 支度を一通り終えると、
「ケーキを食べましょう」
 と、栞さんに声をかけられた。
「さっき碧さんに連絡して許可ももらったから大丈夫。それと、夕飯には湊と司くんと海斗くん。もしかしたら静兄様もくるかもしれないわ」
 ……全部で七人!?
「そんなに大人数で大丈夫なんですか?」
「あら、七人なんて大した人数じゃないわよ? 藤宮の集まりなんて百人近くなるんだから」
 そもそも規模が違うということをすっかり忘れていた――。
 うちは多くても家族四人に祖父母が加わって六人がせいぜい。それ以上の人数で食卓を囲むことはまずない。
「秋斗くんは仕事で毎晩遅いから気にしなくても大丈夫」
「え?」
「だって、秋斗くん避けでうちに来るのでしょう?」
 そう言われてみればそうなんだけど、でも――。
「蒼兄……避けないでほしいって言われたの。これは避けてることになる?」
「うーん……ならないこともないけど、気になるならテスト期間は栞さんの家に泊ることになったってメールしておけばいいんじゃないかな」
「そうね。そのくらいは教えてあげたほうがいいかもしれないわ」
 ふたりに言われてメールを送ることにした。


件名 :テストが終わるまで
本文 :栞さんの家に泊ることになったので、
    しばらく図書棟通いはありません。
    避けてるわけではなくて、
    今はテストに集中したいので……。
    少しだけ、ごめんなさい。


 メールを送ると一分と経たないうちに返信メールが届いた。


件名 :了解
本文 :会えないのは寂しいけど、
    気が散って勉強に身が入らず
    順位落とされるのも困るからね。
    おとなしくテストが終わるまで待ってるよ。
    テストが終わったら、また出かけようね。