「んじゃ出発」
ハンドルをきる先生はいつもとまた違う大人な先生だった。
そんな先生を見れたこと、あたしは幸せだった。
「音楽どんなの好き?」
「んー、あんまり音楽聞かないんだ」
あたしの意見も聞いてくれる先生が好き。
「そっか!てか朋ん家どこ?」
「あっ…えっと」
やっぱり、家直行か…。
そりゃそうだけど。
「ん。帰りたくないって?」
ニヤリと笑い、ブレーキを踏む。
「そんなこと言ってないし!」
明らかに焦るあたし。
「じゃあ曲がるときに言って?」
「あ、うん」
「ギリギリに言うなよ?」
「分かってますよ!!」
そんな言い合いをしているうちに、先生のヴォクシーはあたしの家の前に。
「ここだよな?到着ー」
降りるのを一瞬だけ拒んだけど、先生に迷惑かけたくなかった。
「ありがとうございましたー」
あたしは車から降りた。
ウイーン、と開く助手席の窓。
「じゃーな」
「先生、、」
「んー?お大事になー」
やばい、言っちゃいそう。
苦しい。
先生を一人占めしたい。
バクン、バクン
「好き・・・です」
先生の目はあたしの目を見ながら見開いた。
それからいったん視線を落として、車においてあった塩キャラメルを一つ取り出し、それをあたしに差し出した。
先生は苦しそうな目をしていて、あたしは言ってしまったことを後悔した。
キャラメルを取ろうと近づいたあたしの右手は、先生の左手に掴まれた。
しっかり、ぎゅっと。
握りしめられた。
先生の手は少し汗ばんでいた。
塩キャラメルを受け取ったあたしの手は、もう用なしのように離された。
閉まる助手席の窓。
ブォン
去っていく黒いヴォクシーと先生を、角で曲がるのを確認しても、まだ家に入らなかった。
・・・