三組の前まで来た瞬間、俺は自分のせっかちさに腹が立った。
――名前も知らない相手に何を言えば・・・。
そう思い、周りの知ってる奴に聞こうと思い、あたりを見渡したが、こういう時に限ってなかなか話しかけやすい奴は見当たらない。
はぁ、と溜め息が漏れそうになった瞬間、俺の横を通り過ぎた人がいた。
――――「『佐々岡栄麻(ささおか えま)』。」
それだけを俺の耳元で囁いて行ったその人は、振り向かずに職員控え室に入っていった。
長い茶色がかった髪を一つに結んでいる。
なかなか気が利くじゃないか、百合。
「佐々岡!!」
教室の窓を眺めていた佐々岡は、俺の声にただひたすら驚き、また泣き出して俺の元へ駆け寄ってきた。
「アップルパイ。」
俺はそれだけを泣いている佐々岡に告げて、三組の教室に背中を向けた。
佐々岡は少し間を取り、一組の教室へ戻ろうとする俺を呼び止めた。
「宮本くん!」
「?」
「美味しく作るから!食べてね……」
佐々岡があまりにも不安そうな顔をするもんだから、俺は最高の笑顔でニシシとイタズラっぽく笑った。

