「はーい!」
おそらく女子全員、目がハートマークになっているに違いない。真帆は、この建物に入る途中、プレゼントや携帯電話を手に話していた女子生徒たちの会話を思い出した。彼女たちは「ユアサ先輩出てこないかな」と話していた。彼のイケメンぶりから察するに、噂の男子生徒である事は間違いない。
「彼は我が部のエサです・・・いえ、ピラニアの大好物、血を流しているカピバラです。いえ、腹をすかしている肉食系女子の前に放り出された、肉汁たっぷりのチキンレッグです!」
「横尾、俺に突っ込めと言うのか?」
ウンザリしながら湯浅はチャラ男を見た。
「めっそうもない!ミスターパーフェクトに『チキンレッグじゃなくて、客寄せパンダだろう』っ突っ込めてなんて、とても言えない」
「ツッコめと言うのだな」
「あだだだだだっ!」
湯浅は横尾の左頬を思いっきりつまんだ。続いて口をわしづかんだ。
「ふぐぐぐぐぐぐぐ!」
「ツッコんで欲しかったら話術を磨け。三下を相手にするほど俺は暇ではない」
チャラ男は激しく顔を左右に振り湯浅から口を解き放つと、ゼエゼエと荒い呼吸を繰り返した。湯浅は胴着の衿合わせからハンカチを取り出すと、横尾の口をつかんでいた手を執拗に拭きつつ、真帆達を見た。
「一年生諸君、俺は諸君に弓道は教えるがツッコミの仕方は教えない。弓道は礼儀を重んじるスポーツだ。みだらに生きれば、放つ矢も乱れよう。コヤツのように汚れて生きてはいけない。口は十分つつしみたまえ」
横尾は噛み付くように湯浅を見た。
「ぼかぁー、身を持って例を提示したわけでぇー、湯浅、君を愚弄しようとしたわけではぬわぁーい」
「シスコンは潔く妹の尻でも追いかけてろ。清純な女子高生をイジるな」
ユアサの鋭い一言に、横尾は頭をクラリとさせ白目をむいた。しかし誰も救おうとしない。部長の前島に至っては満面の笑顔で一年生を見ている。
「まあ、こんな感じで我が部はけっこう楽しいです。学校一のモテ男、湯浅も近距離で見放題だし。運が良ければ指導者になってもらえて、すっごく仲良くなれるかもしれません。もちろん、ほかの先輩はもっとです。ぜひぜひ、入部を検討してください」