割と感じの良い子だった。

気付いていなかっただけで、前からお互いに風景の一部だったのかもしれない。


『…気づけ~…俺様を見ろ~…可愛い俺を見ろ~…』

その日から、
僕の愛犬はずっとこの調子。

白いベンチの上に姿勢を正してお座りし、今も尚じっと彼女に視線を送り続けている。


『――…はっ』

書籍の文字列を追う僕の視界の隅で、何かが動いていた。

それは愛犬の黒い尻尾。
水を得た魚の様に、
尻尾は激しく左右に動く。


『……さすが俺様。あの子と目が合っちゃったっ!!』

愛犬は行儀悪くベンチの上に勢い良く立ち上がると、瞳を輝かせて僕を見上げた。


「……やめろ」

『――イヤ。俺様、行くっ』

「……ダメ」
『――ムリっ!!』

「……待てっ」
『――待たないっ』

待て、と命令されたら、
大抵の犬はピクリと身を躊躇わせるはずだ。
何と主人の言い付けを守れない駄犬め。


『じゃっ!!そゆことでっ』

「――…まてまて、おい!!…ぅおいっ!!待てコラぁーっ!!」

黒い尻尾を掴もうとした僕の手をすり抜けて、駄犬は向かいのベンチへ一目散に走っていったのだ。

向かいでポカンと口を開ける彼女と目が合った。