5・大樹の精霊と黒い犬竜



「……大きな樹…」

息を切らせた僕たちが止まったのは、木々を抜け出した少し広い空間。

ぽっかり紺色の空が仰ぎ見え、
そこに大樹が立っていた。

彼女はそれを空ごと仰ぎ見て、頭を大きく傾けていた。

ザワザワと、
その葉からは、ひときわに緑の濃い粒子が降っている。


「…ただいま、おじいさん」

ザワザワ…
『おかえり、ミハル。今晩は、お嬢さん…』


優しい声の主は、彼。
大樹の精霊であり、
迷いの森の主である。

太い根元に瞳を下ろすと、
緑色の光の中で黒い犬が、
青色の光を放つ虫たちと呑気に遊んでいた。


ザワ…
『――…そちらは?』

「僕の大学の生徒で、学園長の孫娘…。名前は…」

「――…ユリです!!」

先程までのふてくされた態度や怯えた表情は、もはや何処にもなかった。

驚いて声も出せない事を期待したのだが、どうやら余裕があるらしい。
ちょっと、僕はつまらない。


興奮し、瞳をキラキラさせて、

「…あぁ、やはりコンに似てるよ、君」と、

そう思ったけれど、
それは声には出さなかった。


ザァ…
『あぁ、学園長とは…、セイジくんの友達だったかの…』