シェフは無口でほとんどしゃべらない。
ある時そのシェフが新聞を持ってきた。
『ヤパーニッシハラキリ!』

三島由紀夫が割腹自殺をしたのだ。
写真入で出ていた。このドイツでも
ハラきりのインパクトは大きかった。

どんな天才でも早死にすれば意味がない。
仏典には極めつめれば自殺か発狂かになるとある。
俺は長生きするぞゴキブリの如くとオサムは思った。

12月が来た。雪景色とクリスマスの飾り付けで
ミュンヘンの町はとても美しい。
ホワイトクリスマスそのものだ。

この頃オサムも一人前の助手として、シェフの部屋の
一室に折りたたみベッドを持ち込んで居候していた。

クリスマスのイブの晩、閉店後に無口なシェフが
珍しく声をかけてきた、三つ揃いのスーツを着ている。

「タンツェンタンツェン」(ダンスダンス)
「トリンケントリンケン」(ドリンクドリンク)
仲間が待ってる一緒に行こうという。

「着るものがない」
「イガール」(かまへん)
二人は外へ出た。とても寒い。

有名なミュンヘン通りのこれまた有名な建物の脇に、
大きな寒暖計があって、マイナス12度を示していた。

ホッホッと白い息を吐きながら、ハウプトバンホフ
(中央駅)方面へ向かう。すぐに着いた。
大きなフロアと吹き抜けのある大ホールだ。

シェフは2階席へと駆け上がった。
30人ほどのメンバーだろうか、中国系が多い。
年齢もさまざまでなんだかあまり上品そうではない。