コンクール二次予選前日。

水琴さんに言われた通り、朝のうちに少しヴァイオリンの調整をしただけで、曲は弾かずに指を休ませた。

それでも落ち着かない。

宿題をやり残した夏休み最終日のように、そわそわと心が逸る。

足が向くままに訪れた客間で、グランドピアノの鍵盤蓋を開け、軽く鳴らしてみた。

その音が導くままに、ドビュッシーの『月の光』を奏でていると。

「あっ、兄さん、駄目だよ!」

丁度部屋を通りかかった拓斗が慌てたようにやってきた。

「昨日水琴先生に言われたじゃないか。ちゃんと休むようにって」

「ああ、ちょっと気分転換にね」

「兄さんは日ごろから頑張りすぎてるから、気づかないうちに疲れてるんだよ。水琴先生はそれが分かったから、休まないとって言ったんだよ」

「分かってるよ」

「本当に分かってるの? 僕、母さんにも言われたんだよ?」

「母さんに?」

「兄さんが無理しすぎないように見張っててねって」

「……」

日曜にはフランスに発ってしまった母の顔を思い浮かべ、苦笑する。そんなに心配をかけているつもりは、ないのだけれど……。