『そうね、無理はさせたくないわね』

「母さんも父さんも、本選は休み取ってくれたのに、ごめんね」

『貴方が謝ることじゃないでしょう。本当に、貴方は……』

僅かな沈黙。

その後、母の重い溜息が聞こえてきた。

『……ごめんなさいね。こんなときに帰れない親で。貴方には負担ばかりかけてしまって』

遠く離れたベルリンから、もどかしそうに謝る母。

「大丈夫だよ。みんな助けてくれるから」

橘の家人たちは皆優しい。

泣き崩れる花音を一緒に励ましてくれて、激昂して「やりかえしてやる!」と言って飛び出していこうとする拓斗を押さえてくれて、今日は何もしないで休めと、全て引き受けてくれて……。

そんな話をすると、クスリと笑い声が聞こえてきた。

『拓斗は奏一郎さんに似たのかしらね。奏一郎さんたら、かわいい娘を苛める輩はどいつだ! ボコボコにしてやるから待ってろ! って……コンサート会場抜け出してヒースローに向かったらしいわよ』

「……止めたんだろうね? 確か今日だよね、日英親善コンサート……」

『もちろん、北山とマネージャーさんが必死になって止めたわよ~。今頃泣きながらタクト振ってるんじゃないかしら』

くすくすと聞こえてくる母の笑い声に、僕も自然と笑みが零れた。