「フランス語を覚えたというから、拓斗にも聞かせてやるといい、と言っただけだよ。ちゃんと聞いてあげたかい?」

予想通りに茹蛸になっている拓斗がおかしくて笑いが漏れる。もちろん、自分のことはまるっと棚に上げておく。

「何覚えたのか分かってて言ったんでしょ」

「さあ……どうかな」

とぼけていると、遅れて花音がやってきた。

「拓ちゃん、怒ってる? やっぱりだめだった?」

オロオロとした様子の妹に、拓斗はたじろぐ。

「いや、別に、駄目ってことはないけど……」

困った拓斗は、僕を睨み上げる。

「……じゃあ僕はご飯の準備をしてくるからね」

睨まれてもちっとも怖くない愛らしい目だが、ここは逃げておく。

「兄さんっ!」

「君たちは明日の学校の準備をしておくんだよ。ご飯前に全部終わらせて」

「はーい」

花音は素直に頷いて、自分の部屋へ駆けて行った。

それを見送ってから、拓斗は僕の後をついてくる。

一言文句でも言われるだろうか。なんて思ったけれど、拓斗から出た言葉はまったく別のものだった。