しかし、それにしても。

「本当にそれだけでいいんですか?」

「音楽好きには十分すぎるほどの対価だと思うけどねぇ。僕はジャズ専門で、滅多にクラシックなんか聴かないんだよ。それなのに、君の両親は“聴かせて”くれる。……うーん、まあ、息子には親の偉大さがなかなか分からないものかな」

それは分かるつもりだけれども……。それだけでは納得しきれない自分がいる。

「そういうこっちゃねぇよ。親の世話になんのが嫌なんだろぉ~?」

椅子をぐるりと回しながら、響也が口を挟んできた。

──君は本当に、鋭いな。

「ああ、なるほど、そういうことね。じゃあ……」

マスターは鼻の下の髭を人差し指で撫でながら思案し、そしてにこりと笑った。

「君が有名になったらサインをもらおうか。出世払いにしておくよ」

また『そんなことで』……と、言いそうになったけれど。

よくよく考えれば、物凄いプレッシャーを与えられたことになるのだ。

両親程に名の知れた音楽家になれと、言われているのだから。

「……分かりました。それで宜しくお願いします」

「交渉成立~っと」

響也がまた、椅子でぐるりと回った。