それなのに母は。

表情ひとつ変えることなく、音の美しさも繊細さも完璧なテクニックも、なにひとつ欠くことなく最後まで演奏しきった。

最終楽章など、オーケストラを従えるというよりは、ねじ伏せていくような迫力があった。

その迫力に負けることなく、オーケストラをきっちり操って支え続けた父の指揮も凄かった。

さすが夫婦とも言うべきか、母との息もぴったりで、ソリストとオーケストラを絶妙なバランスで繋ぎ合わせ、美しく羽ばたかせた。


大喝采を浴びる母、そして父。

僕の超えるべき壁が、明確に見えた瞬間だった。

思い返せば、拓斗や花音が練習時間を増やしたのもこのコンサートの後だった。それほどの衝撃を僕たちは受けたのだ。


魂の演奏を終え、美しい笑みでステージを去っていった母が、客席から見えなくなった途端に倒れたということは、関係者と僕たち身内しか知らないことだけれど。

アンコールの盛大なる拍手でゾンビのごとく蘇り、颯爽とステージに戻った強者だということも、僕たちしか知らない。

音楽に対する情熱は誰にも負けないという両親のことは。

本当に、尊敬している。