「でもね……」

「もしファイナルに残れたら、協奏曲はショスタコーヴィチを選ぶよ」

母さんの十八番のね、と目だけで続ける。

「……嫌でも比べられるわよ?」

「承知の上さ」

「本当に過酷よ?」

「こんなに刺激的なコンクールはないよ」

にこり、と微笑んで見せたら、母は諦めたように溜息をついた。そうして、笑い出す。

「まるで昔の私みたい……血は争えないわねぇ」

クスクスと笑いながらそう呟き、そして目を真剣に戻した。

「やるからには頂点よ。いいわね」

「もちろん、そのつもりだよ。天才ヴァイオリニスト『橘律花』の名前を汚すような無様な演奏はしないと誓うから。安心して」

「期待しているわ」

そう言った母は、次の瞬間には優しい“母”の顔に戻り、僕の左手を取った。

「無理はしないようにね」

と、傷の残る手を両手で握り締める。

期待と不安。

そのどちらも母の中にある本当の想いで、僕はそのどちらにもきちんと応えたいと思った。