「兄さん……」

何か言いたそうにする拓斗からも目を逸らし、足早に横をすり抜ける。

「和音様、どちらへ……」

待機していた西坂の声も無視して、夕闇迫る外へと飛び出す。

このままこの家にいると、傷つけなくていい人を傷つけてしまいそうだった。



冷たい秋雨の降る中傘もささず、当て所もなく歩いていたはずの僕は、知らずのうちに『fermata』近辺の繁華街にいた。

誰も僕の知らないところへ、なんて思いながらも、僕が行ける場所なんて限られているのだな……と自嘲の笑みが漏れる。


いつもの細い路地に入り、一度は『fermata』へ足が向いたのだけれども、こんな顔で、こんなずぶ濡れの姿で現れたらマスターにも心配をかけてしまうと、くるりと踵を返した。

と。

どん、と誰かにぶつかった。

「いってぇ!」

大袈裟に叫ぶ野太い声に顔を上げると、いかにもな格好をした男性が数人、鋭い瞳で僕を見下ろしていた。