毎日ケースからレディ・ブラントを取り出し、丁寧に手入れをする。

滑らかな光沢を放つレディは、ひやりと冷たい温度で手の中に収まり、僕とともに歌おうとしてくれる。

その感覚はいつも通りのはずなのに、どこか拭えない違和感があった。

心の奥底に沈みこんだ澱の重さが指先にまで伝わって、いくらやっても思い通りにならない。

こんなことは初めてで、自分でもどうすればいいのか分からなかった。

水琴さんや心配をかけている家族のためにも前を向くべきだ。

もうすぐコンセルヴァトワールの願書受付が始まる。立ち止まっている暇はないんだ。

……そう焦れば焦るほどに、弾けなくなっていく。

尊敬する師でもあった彼女が、今の僕の状態を見て喜ぶとは思えない。

拓斗や花音のように、哀しみを乗り越えていかなければならないんだ……と。頭では分かっているのだけれども。

どうしても、弾けなかった。