僕の胸に頬を寄せる花音は、僕の首から下がっているヘッドフォンからフランス語が聞こえてくることに気づいた。

「お兄ちゃん、お勉強してたの?」

「そうだよ」

「あのね、あのね、私もフランス語、しゃべれるようになったんだよぉ」

「へえ? 何を覚えたのかな」

喋れるようになったとは言え、こんにちはとか、おやすみなさいなどの挨拶程度のものだろう──と思ったら。

花音は背筋を伸ばして僕の肩に両手を乗せながら、少し照れたようなはにかんだ顔で囁いた。

「Je t'aime du fond de mon cœur…?」

疑問系になったのは自信がなかったからなのかもしれないが、彼女の顔には「どう? ちゃんと言えたでしょ? すごいでしょ? ほめてほめてー!」と書いてある。

確かに発音は完璧だった。

しかし僕は、すぐに褒めてやることが出来なかった。

手の甲を額に当て、花音から顔を逸らす。

「……違う? 間違ってる? だめだった?」

花音の不安げな声が聞こえてくる。


──ごめん、花音。

お兄ちゃんは、ガチで照れました。