その笑顔に応えたくて、そして水琴さんに負けたくなくて、羞恥心と戦いながらヴォカリーズを歌い上げる。

何度か繰り返しているうちに羞恥心は薄れ、むしろ歌うことに心地よさを覚えてきた。

「その感覚を忘れないうちに、弾いてみましょう」

「はい」

最後にヴァイオリンで同じ旋律を奏で、今日のレッスンは終了。

いつものように花音がひょこっと顔を覗かせ、拓斗と一緒にお菓子とお茶を運んでくる。

今日は花音が焼いたクッキーだ。

「水琴せんせー、この間はウサギさんありがとうございましたっ。とってもおいしかったよぉ」

ソファに座ってニコニコ笑う花音に、水琴さんの笑顔は若干引きつった。

「え、ええ、それは良かったわ。ごめんなさいね、もう少し早く持ってこようと思っていたのだけれど……」

『なかなかうまく出来なくて』

水琴さんの心の中ではそう言葉が続いているはず。

晩秋の時期からはじめたクッキー講習だが、ウサギがどうやってもアメーバにしか見えない出来栄えで。

週一だった料理教室を急遽土日強化合宿──泊まっていないけれど、朝から晩まで何度も何度も焼いた──に変更し、ようやく先週、ウサギの形が出来たのだった。

良く頑張ったと思う。

水琴さんも……僕も。