見ると、拓斗は反対側に軒を連ねる店の前で、一枚のCDを掲げていた。

「ラ・カンパネラ! ギトリスの!」

「えっ!」

道を歩く人の波を急いで横切り、拓斗の元へ辿り着いた僕は、彼の手の中にあるCDを掴んだ。


ヴァイオリン奏者、イヴリー・ギトリス。

指揮ヴィスロッキ、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団……ジャケットにそう記されているのを見て、身体中が震える思いがした。


リストのラ・カンパネラと違い、原曲であるパガニーニのヴァイオリン協奏曲というのは、圧倒的に録音数が少ない。

それが廃盤となってしまうと、ほとんど入手困難なのだ。そんな代物が、こんなところに……!


感慨深く拓斗と2人、CDを眺める。

僕が聴いた中で唯一、『鐘』の音を表現していたヴァイオリニスト、イヴリー・ギトリス。

荒々しくも力強い、荘厳な鐘が耳の奥で鳴り響く。


「父さんに怒られたよね……」

鐘の音が鳴り響く僕とは違い、拓斗は別の思い出が蘇っているようだ。

……そうだ、とんでもなく怒られたのだ。

父さんの大事なコレクションでもあったこのCDを、僕たちは……誤って叩き割ってしまったのだから。