「あのね……要ちゃん、実は入り口に……もう一人――」

言いかけると、要は美奈の顔の前に手のひらを出して、やんわりと止めた。
そしてやわらかく笑う。
その時、やっと榎木は言葉を口にする事が出来た。放った言葉は自分でも信じられないくらいに、大きな声となって響いた。

「わ、私は認めない! ――私には、霊感があるのよ!! その子は偽者だわ!!」

自分の声ではっと我に返って、榎木は初めて自分が冷や汗を大量に掻いていた事に気がついた。額を腕で拭う。背中が汗で気持ちが悪かった。
荒い呼吸を整える。
榎木の叫びに、由希は身を乗り出しそうになったが、美奈が由希の袖をそっと引っ張ってそれを止めた。
おずおずと、弱々しく、しかし瞳は凛とした強さを保とうとしながら、美奈は言う。

「せ、先輩が、信じなくても……良いです。でも、見えちゃったからには、ちゃんと……応えなきゃって、思ったんです! 伝えたい事があるなら、ちゃんとそれを生きてる人に伝えなきゃって、ちゃんとメッセージを受け取らなきゃダメなんだって!」

美奈の思いを受けて、その場にいるものがやわらかく暖かい気持ちに包まれた。彼女の真剣な、優しい思いが伝わったからだ。ただひとり、榎木だけは違った。
彼女は襲いくる切迫感から逃れる事は出来なかった。
黒い、渦のような、這い回る虫のような不安や焦燥が、榎木の中でうごめく。
それによって膨れ上がる心を抑えられそうもない。
どうしようもない――この状況を突破するために、発狂して机を振り回して、5人を殴り倒して逃げ出したい!
あと一歩で泣き喚きそうな榎木を、我に返したのは秋葉の怒号だった。

「証拠は挙がってんだよ! いい加減認めろよ!」

秋葉が言ったのは犯罪の方で「霊感」の方ではなかった。話を事件に戻そうと言った事だったが、榎木は一瞬訳が解らなくなった。そのフリーズした状態は榎木を正気に戻した。
5人はそれぞれが感慨深く、榎木を見つめる。
沈黙が流れて、榎木は何かを諦めたように、長い息を吐いた。

「そうね――呉野を落としたも私。日吉を殺したのも、高村を殺したのも――私」

ぽつり、ぽつりと、こぼれるように言った榎木のその自白に、4人は何となく心が痛んだ。
要だけが、心に何の余波も広がらなかった。
そんな要から、冷静に言葉が並べられる。

「先輩、理由と、経緯は?」

「そうね――理由は言わない。良いでしょう? 黙秘権ってあるのよね?」

何かを覚悟したような榎木の表情に、要は問いかける。

「死んでも?」

「ええ――死んでも」

強い瞳の榎木に、要は「こりゃダメだ」と言って促す。

「では、経緯は?」

「良いわ。経緯は、教えましょう」

そう言って、榎木は自嘲した。

「順を追った方が良いかしら?」

「ぜひとも」

要の返事を聴いて、ぽつりと話し始めた。