要が家に帰る頃にはすっかり日が落ちてあたりは暗くなっていた。

「ただいま~!」

玄関のドアを開けながら要は独り言のように呟くと、ぱっと顔を上げた。

(あ、電気点いてる――)

そう、ぽつりと思うのと同時に部屋の奥から「おかえり」と、想一郎の声が響いた。
要はトコトコと短い廊下を歩くと、ドアを開けた。視界に緑色のソファが置いてあるリビングが目に飛び込んできて、次に首を左に振ってオープンキッチンを見る。

するとそこに、想一郎の姿があった。

「今日早いんだね~」

「おう」

想一郎に声をかけると、想一郎は、短く返事をした。そして、チラリと要を見てにこりと笑うと、持っていたフライパンに視線を移した。そのフライパンを軽くゆする。
吉原家では、料理も洗濯もお風呂洗いも、出来る方がやる。だが、想一郎はめったに早くなど帰ってこないから、大抵いつも要がやるはめになるのだが、今日は珍しく要より早く帰ってきていた想一郎が、料理当番をしていたというわけだ。

「あに、何作ってんの?」

「エビチリ」

「やった!あにのエビチリ、ウマいんだよね!」

そう喜んで、鞄をリビングのソファーに置く要を見ながら、想一郎は満足気に微笑む。

「だろ?」と短く言って、事前に作ってあった真っ赤なソースを入れた。

そんなごきげんな想一郎を見つめながら、要は唇をすぼめる。

(う~ん……今なら切り出せるかな?)

鞄の中に手を入れて、ごぞごそと探って何かを掴み出した要は軽く咳払いをして、そろりと想一郎に近づく。

「んんっ!」

軽く咳払いをした要を不思議そうに、想一郎は見た。

「おう? どうした?」

にこやかに微笑(わらい)かける想一郎に向かって、要もにこりと微笑んだ。
媚びるように目を瞬かせ、いつもよりワントーン高めの声色を出す。

「あのねぇ、あにぃ……コレ」

「ん?」

言って差し出されたハンカチを想一郎は広げた。
その中にあった物を見て絶句する。

「おまっ! お前これ――」

「さて、何でしょ~!?」

「何でしょ~? じゃないだろう!?」

おちゃらけた要を呆れたように、叱りつけるように言って、想一郎は困惑した表情を要に向ける。

「これ、血痕と指紋だよな? こんなもんどうした? 誰のだ?」

言いつつも、想一郎は嫌な予感がしていた。この血痕が誰のものか、何となく頭に過る。なるべくなら聞きたくないが、見せられてしまったのだがら聞く以外にない。
そんな想一郎の思いも露知らず、要は悪びれた様子もなく、その名を口にした。

「そんなの、もちろん決まってるじゃん! 日吉淳子の殺害現場に落ちていた品に付着していた血痕と指紋よ。まあ、多分指紋は私と友達のだと思うけど――」

「お前、何してんだ!? その証拠品本体はどうした!?」

普段めったに怒らない想一郎の荒げた声を聞いて、要は少し肩をびくっと振わせた。

「そんなに怒んないでよ~」

軽くそう言うが、内心ではちょっと「まずいかな?」と焦っていた要だったが、あくまでも悪びれた様子も、不遜な態度も崩さなかった。

「それ、調べてよ。誰の血なのか、誰の指紋なのか」

言って要はスカートのポケットから、3枚の紙にセロハンテープで貼り付けてある指紋を取り出した。

1枚目を、持っていた左手から右手に移しながら飄々と言う。

「これは、呉野幼子って子の指紋ね」

そして2枚目も同様に右手に移しながら言う。

「これは、榎木夕菜のしも~ん~」

最後の3枚目も右手に移そうと、紙に手をかける。

「そしてこれは、三枝弘の指――」

言いかけた要の腕を想一郎は掴んだ。
真剣な瞳で要を見つめる。

「お前、これどうやって採取した?」

問いかけられた要は、一瞬喉を鳴らした。想一郎の目が、犯人を問いただす刑事の目に見えたのだ。鷹のような鋭さと、冷静さ、しかし瞳の奥に怒りが滲んでいる。

想一郎が思ったように、要は何故、3人の指紋を持っていたのだろうか? それは数時間前にさかのぼる。