真夜中、パソコン画面に向いながら、要はお菓子をほおばった。すると、ガタっと物音がし、部屋のドアをそっと開けると、想一郎が何処かへ行こうと玄関で靴を履いていた。

「あに、どうしたの? 事件?」

「ああ、みたいだな。……起こしちゃったか?」

「ううん、起きてたから」

「そうか、早く寝ろよ」

「え~!」

「え~!じゃない!夜更かしすんなっていつも言ってんだろ!そんなに可愛い顔がクマだらけになったらどうすんだよ!」

「うざ!」

要が軽くそうぼやくと、想一郎は膝を抱えてその場にうずくまった。しかも泣いている。

「要が……要がう、うざい……何て……言うなんて……!」

「ご、ごめんアニ。そんなに落ち込むな……」

言いながら、背中に手をかけると、想一郎は振り向き、口をすぼめてすねたように言う。

「……ほっぺにチューしてくれたら立ち直る」

そんな想一郎を「気持ち悪っ!!」と足蹴にして強く言った。

「いいからさっさと行け!」

想一郎が渋々立ち上がると、要はふいに真剣な面持ちになった。
そして、呟くようにして聞く。

「ねえ、あには……なんで刑事になったの?」

問われた想一郎は、困ったように笑って、振り返るようにして要を見る。そしてそのまま押し黙る。そんな想一郎に要は静かに言う。

「警察は、何もしてくれなかったよね? お母さんとお父さんが死んだ時。――高村先輩だって、事故じゃないんでしょ?」

「……俺は敏腕だって言われても、まだ、下っ端なんだよ。要」

悲しそうに笑って、想一郎は出て行った。その背中を、哀しいような、怒りを帯びたような複雑な感情で見送る。

「それって、上までのぼったら警察を変えてやるって意味? ――それともただの言い訳?」

呟いた言葉は、誰にも届く事はなかった。

要の両親は、要が9歳、想一郎が19歳の時に他界した。自宅の庭の物置で、母が腹部を刺されて倒れており、その隣で胸を刺して倒れている父が見つかった。

父の胸には包丁が突き刺さっており、その柄を父が握っていた事から、死因は無理心中だと断定された。

しかし、要も想一郎もそれには納得がいかなかった。周りがうらやむほど仲が良く、金銭のトラブルだってなかった。

それに、翌日は要の誕生日だったのだ。その日の朝、両親は嬉しそうに何が欲しいのか聞いていた。

そんな人達が、無理心中などするものか! と、要も想一郎も何度も何度も警察に言ったが、聞く耳を持ってはくれなかった。しかし、1年ほど時間が経ってから事態は急変した。

犯人が自首してきたのだ。彼は当時30歳で、中小企業で働く、普通のサラリーマンだった。
訪問販売で、要の母に出会い、好きになってしまった。何度も何度も告白したらしいが、その度にふられ、そして事件当日、彼は家に押し入り、台所でお昼を作っていた母を襲おうとしたが、抵抗にあい、出ていた包丁で脅そうとしたが、母は物置に逃げた。

物置の鍵をかけようとして間に合わず、そこで腹部を刺された。

そこに、ちょうど会社の書類を忘れた要の父が帰宅した声が聞こえ、彼は妻の姿がないのを心配し、物置を覗きにきたところを、ブスリ――と一突きにして殺されたのだった。

第一発見者は、他ならぬ要だった。

父と母の最期を思い出したのか、要は哀しそうな瞳を虚空に向ける。それを吹っ切るように「よし!」と一言吐いて、再びパソコンの画面に向かった。