――落ちる――解った瞬間、私の身体は妙な浮遊感に包まれた。
視界がぐるんと上へ向くと、吉原が螺旋階段の手すりから身を乗り出して、何かを叫ぼうとしているのが見えた。だけど戸惑いからか、声にならず口をパクパクさせているだけのようだった。
そんな事を考えられるなんて、意外と冷静なのね。
私は自分自身にそんな事を思った。
身体が階段に叩きつけられる瞬間に、私の頭にとても優しい声が響いた。

―榎木―。

「榎木は、哀しいんですね。哀しくて、さびしいんですね。何も、誰も、信じられなくて、苦しくて……。その〝秘密〟を取り上げられたら、どうしようって、恐いんですね……」

――呉野だ。

私の記憶の中の呉野は続けた。
「榎木は、日吉と同じです。もしかしたら本当にいじめたかったのは、殺したかったのは、自分自身なんじゃないですか? こんな自分を殺して、変わりたかった――こんな自分を叱って欲しかった。日吉は、ううん、榎木も、きっと〝愛されたい〟んです。ボクには、解るですよ。榎木、榎木の〝秘密〟が無くっても、きっと、榎木なら、愛されます。僕には解る――」

――ああ、そうだ。

私はあの時、呉野の言葉を遮って、呉野の首を掴んだ。
――聞きたくなかった。
だって、それを聞いて、認めてしまったら――私のしてきた事はなんだったの?

――苦しい。

――苦しい。

――苦しいよ。

呉野、あんたの言った言葉は、私にとってなによりの真実だった。

――そうよ。私は愛されたかった。

自分に自信が無くて、疑心暗鬼にいつも陥って。
霊感が無きゃ、嫌われる。
霊感が無きゃ、独りになる。

――孤独(ひとり)は怖い!

孤独は怖い……でも、私が孤独に陥るのは、霊感が無いからじゃない。
自分が弱いからだ。
人を信じず、なにも、愛さなかったからだ。
そうだよ、呉野……私は自分を、殺したかった……。こんな私を、止めて欲しかった。

――ごめん、ごめんね。こんなに、身勝手で。

愛してくれと、狂気を他人に押し込んで。
解ってくれと、狂気を他人に突き刺して……。

――ああ。

――ああ……でもね、呉野……変色してゆく感情を、止める事など出来なかった。