「へー……」
 香月は夏生をチラと見てから、正美に真剣な顔をしてみせた。
「正美はなんかしたいことあるの? だって若いころから働き通しだもんね……」
「いや……特には」
 正美の手は最初と同じように動き、静かに最後の一口を運び終えたところだったが、ちょっとした一言のつもりがこんなにわーわー言われて、迷惑とでもいいたげだった。
「じゃあ辞めるな。学生で作家なんか始めるからこんな風になったんだろうが、もう諦めろ。今更ニートなんてタチが悪い」
 兄のかなりの上から目線はどうかと思ったが、言いたいことが分からないでもなかったので、
「うん、絶対今のままの方がいいよ。だって私たちの中で一番稼いでるし」
 と、思ったままつけたした。
「そんなわけない!」
 夏生は何が悔しいのか、みけんに皺を寄せてしかも少し大きな声で即答した。
「……」
 2人はそれを無視し、
「でもさ。アイデアとか浮かばないの?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「無職の男なんて、世間に見放されるだけだぞ」
 夏生の意見は冷酷だが、非常に正しい。
「まあね。結婚するなら手に職つけてないとねー」
「お前、まさか結婚するのか!?」 
 ここぞとばかりに夏生が詰め寄ってきた。何故こんなに兄の目は鋭く、そして、見開いているのか訳が分からない。
「え? いやあ(笑)。うーん、結婚はしないけど、付き合ってる人はいる」
 照れながらも、しっかりと報告だけはしておくことにする。
「結婚はしない、とは?」
 兄はすぐさま突っ込んで来る。
「……まだだって、私若いし。もうちょっと独身でもいいかなー」
「30までにはしないのか?」
 こういううっとうしさには慣れているつもりだったが、さすがにこういうデリケートな話題になると、その性格を呪いたくなってくる。
「うん、……多分。最近友達が結婚してるけど……ここで結婚してもあれかな……って」
 兄には、さらっと相槌程度の方がいいと分かりながらも、思いっきり真剣に答えてしまう。
「女は結婚した方がいいぞ」
 香月は間髪入れずに反論した。
「自分だって結婚してないじゃん! 男でもいつまでも独身でいると、なんか変な人だって思われちゃうよねー、正美ー?」
「え、いやあ……」
 まさかフラれると思っていなかったらしい正美は、突然の話題に、デザートのマンゴーアイスをスプーンに乗せたまま、きょとんとした顔を見せた。
「変な人ってなんだよ」
 夏生は香月より10上の、今年37歳独身である。
「例えばあ……若い子じゃないとダメとか。だから、ロリコンじゃないのー、とか。女に興味ないのかしらーとか。縁がないのねーって思ってくれたらラッキーだけどねー」
「俺はあえて結婚しないんだ」