「シティホテル。気分転換にここで仕事してる」
『そうなんだ。えっと、今から家の人とご飯食べるから、食べたら行くね』
 家の人という表現に、まだ知らない姉の姿に嫉妬しながら、次の言葉を出す。
「うん……分かった。今日中には来れる?」
『うん大丈夫。どうしたの?』
「いや、会ってから話すよ」
『うん、分かった。じゃね』
 姉は何も気づいていない。今からする話も、たいしたことじゃないと思っているに違いない。
 11時を過ぎた頃、一度携帯が鳴り、「今からタクシーで行くから」と連絡が入った。
 東京マンションからここまで20分くらいだろう。
 心を落ち着けるために、部屋のカーテンを命一杯開け、夜景を眺めて気を紛らわす。
 何から?
 不安から?
 姉から罵倒されるかもしれない、否定されるかもしれない、不安から逃れるために?
 姉が、優しく自分を包み込んで、笑ってくれるはずがない。
 だけどもう、今言わないで、いつ言う……。
 乾いた喉を潤そうと冷蔵庫に手を伸ばした時、インターフォンが鳴った。ドキリと心臓が鳴る。
 思ったより早かったようだ。ベッドサイドのデジタル時計ではまだ15分も経っていない。
 時計を確認しながら無言でチェーンとロックを解除し、ドアを開けた。
「来たよー」
 いつもの姉にほっとした。
「ああ……」
「どうしたの? 何があったの?」