「なぁ、絹」

 週明けの朝。

 車の中で、京が呼び掛けてきた。

 何事だろう。

 珍しい事態に、絹は首を傾げる。

「おまえの保護者…紹介しろ」

 しかし、内容はボスに関することだった。

 どうやら、あの天体望遠鏡から、興味を抱いたようである。

 絹は、ついつい胸の万年筆を見下ろしてしまった。

 いま、ボスはどういう反応をしているだろうか、と。

「突然どうしたの?」

 絹は、少し慎重になった。

 京が興味があるのは、ボスの持つ技術だ。

 だが、将来技術屋のトップに立つはずの彼と、マッドサイエンティストが相容れる気がしなかった。

「いや、一度研究風景が見てみたくて、な」

 父親のツテを使わないところが、京らしい。

「京兄ぃね、昨日パパがもらった望遠鏡を分解しようとして、すっごい怒られてたんだよ」

 ぷっと笑いながら言う了の言葉に、絹は笑えなかった。

 チョウがやらなくても、京がいたのだ。

 今頃、島村がこめかみに交差点を浮かべていることだろう。

「気になったんだよ、どんなレンズ仕込んでるか」

 京に、悪びれる様子はない。

「それでパパ、望遠鏡を知らないところに隠したんだよ」

 今頃、ボスが喜んでいるのは置いておくとして。

「京さん、ごめんなさい…紹介できないわ」

 絹は、複雑な気持ちのまま、彼の申し出を取り下げた。

「何故?」

 おなかの底から、不満そうな声を出す。

 島村の心配が、彼の介入をきっかけに、現実味を帯びそうだったのだ。

「先生の、能力だけが目当てなら…私がいやなの」

 ボス、怒ってるだろうなあ。

 絹は、万年筆を見ないようにしながら、複雑な気持ちを噛みしめたのだった。