ワケあり!

「おい」

 もう、授業が始まるチャイムが鳴ろうとしているのに、彼女に声をかける人間がいた。

 それどころではないが、聞き覚えのある声に振り返ると――京がいるではないか。

 数人の男子生徒と一緒だった。

 どうやら、移動教室の途中のようだ。

「あ…京さん……」

 お金持ち学校で、血相を変えて急ぐ絹は、さぞや目立っただろう。

「どうした?」

 怪訝に聞かれるが、悠長に相手ができる心境ではない。

「あ、あの…形見の万年筆がなくなって」

 とりあえず、非常事態だと伝わればいい。

 ただの万年筆では、リアリティに欠けると思ったのだ。

 こんな時まで絹の脳は、律儀に演技を計算してくれる。

 だが、心は相当焦っていた。

 だから、早く私を焼却炉に行かせて、と。

「先いってろ…」
「おい、京」

 京は。

 持っている荷物をクラスメートに押し付ける。

 それから、絹の腕を取るように、彼女が行こうとしていた方へ、歩き出したのだ。

「心当たりは?」

 どうやら、探すのに付き合ってくれるようである。

「あ、あの…授業」

 まさか、こういう展開になるとは思わず、絹は慌てた。

「いい…それより、心当たりはないのかって聞いてんだ」

 いまの光景を、ボスに見せたかった。

 まだ、そんなことを往生際悪く思いながら、絹は小さく答える。

「焼却炉に来てなければ…どこかで見つかるんじゃないかと思って」

 彼女の言葉に、京は片方の眉を上げた。

「生徒は、勝手に焼却炉は使えない…清掃の管理人がいるはずだ。聞けば分かる」

 絹の手首を握って、京は定めた目標に向かって歩き出す。

 そんな二人を追い立てるように――始業のチャイムが鳴った。