「何か、お礼をしないといけませんよね」

 帰ってきた絹は、ボスに相談を持ちかけた。

 朝夕の送迎に、今日はお弁当まで、ごちそうになってしまったのだ。

 ずうずうしい女だと思われるとマイナスなので、何かお返しをしないといけないだろう。

「ふむ、お礼か…」

 ボスも、次の一手になると思っているのか、真面目に考え込んだ。

「レーザー用の人造ダイヤなら、今日完成しましたが」

 島村が、真面目な顔で、また変なものを持ち出す。

「ええい、チョウの息子たちに、そんなまがいものをあげられるか!」

 ボスは、本物のダイヤを持ち出しかねない勢いだ。

 いえ、もう少し、学生らしいものを。

 絹は、どこから突っ込んだらいいのか、分からなかった。

「何か仕込んで、チョウにばれると厄介だしな」

 ああ。

 広井家は、電気屋の親玉なのだ。

 ボスの製品は、見抜かれる可能性があるということか。

「あの兄弟なら、手作りのもので、お手軽に喜びそうじゃないですか?」

 難しく考える二人に、島村はさらっと言う。

 ふーむ。

 手作りのお手軽、ね。

「それじゃ、ま…」

 絹は、台所に向かうことにした。

「お手軽に、クッキーでも焼いてみますか」

 しかし、彼女の知っている料理は、実用的なものだけで、菓子類には詳しくない。

「島村さん、レシピ出せます?」

 絹は、自分用のパソコンを持っていなかった。

 いまのところ、携帯電話もない。

 一方通行とはいえ、自分の声はボスに届くからだ。

 そのうち、広井ブラザーズにメアドや番号を聞かれるだろう。

 その時に、ボスの判断を仰ごうと思った。

 電話にも、いろいろ仕込みたいだろうし。

「クッキーのレシピ…」

 島村は、少し憮然としているように見えた。

 マッドサイエンティストの助手に頼むには、少しかわいそうだったかもしれない。