ワケあり!

 森村は、どんな身の振り方をしたのだろう。

 渡部に復讐をしたのは、その右腕を見ればよく分かる。

 ただ、命を取らなかった事実には、思うところがあった。

 多分。

 あの日、彼もまた何か変わったのだ。

 桜という亡霊を斬った日。

 そして──愛するテニスを、渡部から奪った。

 生きている間、テニスと自分の腕を見比べる時、そこで必ず足取りが一時停止するように。

 それを、森村は自分の復讐として片付けたのか。

「報復しないの?」

 将がいる横で、ずばっと聞く。

 してほしいワケではないが、文字通り「飼い犬に手を噛まれた」男が、それを甘んじて受けているのは違和感があったのだ。

「あ? うーん…そうだね…でも、これはアクロバットの代償だしな。賭けに負けたら、何かで支払わなきゃならないだろ?」

 本人の性格はいたって最悪だが、その覚悟だけは感心する。

 少なくとも、甘ちゃんではない。

「おじさんに、暇なら面白い義手でも作ってって言っといてよ」

 ひらひらと。

 自虐的に空っぽの袖を振って、渡部は三年の廊下へと消えて行った。

「すごいな…」

 将が。

 ごくりと唾を飲んで言う。

 同じ男として、絹とはまた違う思いがあるのだろうか。

「自分の命を、チップとして賭ける人間には…ならないほうがいいわよ」

 くすっと。

 絹は、彼を促して階段へと向かった。

 態度も言葉も、ほぼ自分の猫は剥げ落ちている。

 それが、元々の絹の性質であると気づいたのか、彼は決して絹に「変わったね」とは言わなかった。

「でも…そういう日が、いつか来るかもしれない」

 笑わない、声。

 実際、彼はその場面に一番近いところに立ち会った。

 賭け金を放り投げたのが、あの時は絹だっただけ。

「勝つように、根回ししてからやる賭け以外は…無謀っていうのよ」

 渡部は、根回しをしても負けた。

 絹がやったのは、最初からただの──無謀。