ワケあり!

「ひとつ…酷いこと聞いていい?」

 空気が、ゆっくりと穏やかに戻りゆく途中、絹はブレーキを踏んだ。

 この質問が、再び彼を突き落とすかもしれない。

 顔を上げた将に。

「あの男は…あの日あの場所で死んだの?」

「あの」を3つ並べる。

 アキは、詳しくは語らなかった。

 まさかと思うが、彼女がとどめを刺したのでは、と疑惑があったのだ。

「あ…うん…自分で火の中に歩いていったよ…彼女を抱いて」

 将の言葉は、重く――痛い。

 血と熱に包まれた、ありえない日を思い出している声。

 彼は、その記憶をこれからずっと持っていくのだ。

「そう…ありがとう。安心したわ」

 ただ、確実にあの男は死に、アキは手を汚していない。

 それならいい。

 本当に、安心したのだ。

 彼女の亡骸を、一緒に連れていった理由は、分からない。

 自分の死を前に、酔狂なことを考えただけなのかも。

 そのおかげで。

 将が、母に限りなく近いものに会った事実は、うやむやになったのだ。

 了に至っては、ユーレイ扱いだった。

「俺も…酷いことを聞いていい?」

 ふっと、将が目を細める。

「なに?」

 絹は、内心身構えた。

 自分の正体について、聞かれそうな気配がしたのだ。

 もし聞かれたら。

 自分の口が、うっかり言ってしまうかもしれない気がした。

 どこの馬の骨ともしれない人間だ、と。

 将は、ゆっくりと口を開く。

「絹さん…学校、どうするの?」

 考えてもいない常識的な話が振られて──絹は、思わず吹いてしまった。

 ああ、そうそう…学校ね。

 復学しても、多分留年だなぁ。

 今の今まで、完全にその存在を忘れていたのだった。